ひとりごと

思ったこと。考えたこと。好きなこと。何でも自由にぶつぶつと。

偉そうにフィギュアスケートを語る。

宇野くん!!銀メダルおめでとうございます!!

「オリンピックはひとつの通過点」だから特別嬉しそうではなかったけれど、満足してるなら本当によかった。うん、本当によかった。

今日いちにち、よかったしか言ってない。

「自分に勝った」ってカッコいいね。

宇野くんが緊張しなかった分、私が緊張してた。手汗脇汗足汗やばかった。(汚くてごめんなさい)

 

羽生くん、二連覇おめでとうございます。

SPとFPを揃えるのは本当に難しいこと。

「不安要素は何もない」と言えるほどに努力してきたということが素晴らしい。

私も頑張って生きようと思いました。

 

どうしても日本人の活躍ばかり取り上げられるけど、FPネイサン・チェンはソチオリンピックの真央ちゃんを思い起こさせる演技だった。

金メダル候補だと言われていたけれど、団体の演技から調子があまりよくなくて、SPはまさかの17位。

そこから1日で、4回転6本入れて5本成功、FPだけだとダントツ1位。ジャンプだけじゃなくて、バレエで培った体幹のよさと踊りの魅せ方は本当に魅力的だった。

SPとFPを揃えることの難しさと、ネイサンの怖さを実感したFPでした。

 

そしてメダルに届かなかった金博洋。

ジュニアから上がってきたばかりの頃、ジャンプは上手いけど無表情な中国の男の子ってイメージがあったけれど、スケーティングが本当に上手くなったと改めて思った。

PBを出して、キスクラで泣いていたボーヤンにもらい泣きした。また生で演技みたいな。

 

「オリンピックでメダルがとれて嬉しい」と言って、表彰式ではニコニコだったハビエル・フェルナンデス。ハビちゃんほどに観客を演技に引き込める選手はいないと思う。ひとつの物語をみてる気分になる。

私のような素人はメダルの色を見てしまうけれど、メダルをとったってこと自体が本当に尊いことなんだと思う。おめでとうございます。

 

1年の休養を経て、オリンピックに戻ってきたパトリック・チャン。団体もSPもFPも、ジャンプのミスがあったけれど、チャンは滑ってるだけでうっとりしてしまう。

あんなに滑らかに優しく丁寧に滑れるのは、チャンしかいない。チャンのアイスショーに是非とも行きたい!

 

「みんなが満足いく演技ができればいい」と、ひたすら祈った平昌オリンピックフィギュアスケート男子シングル。

来週は女子シングルを応援します。

隣のあなたはキラキラして見える。

昨年末、Twitterの本アカとInstagramを休止状態にした。SNSに振り回されていることに嫌気がさしたからだ。ずっと前から、SNSに振り回されていることに気づいていたけれど、なかなか断ち切れなかった。自己顕示欲の方が勝っていたのだ。

でもあることにショックを受けて、衝動的にツイートを全て消してアカウントからログアウトした。やってみるとスッキリして、あっさりとTwitter離れができた。その流れに乗って、Instagramの投稿を全て非公開にしてログアウトしたら、自己顕示欲なんてどこかへ行ってしまったようだ。

SNSがない毎日は、前よりほんの少しだけ静かな気がする。友達の情報は全く入ってこなくなったけれど、SNSでしか知らない友達の情報なんて、もともと私には必要なかったようだ。実際に会ったり連絡を取ったりして、友達の様子を知ることができれば十分だ。

私は私が思っていた以上に、SNSに疲れていたんだと思う。特にInstagramは、心を抉るものがある。私以外の全ての人が、キラキラしているように見える。私はなんてつまらない毎日を送っているのだろうかと思う。でもそもそもInstagramは、'日常'ではないはずなのだ。みんなの少し特別な日が集まる場所だから、自分が普通かそれ以下の人間に思えるというだけのことだ。まああれが'日常'な人も一定数いるんだろうけど、そんな人とは関わることもないだろうから興味もない。

 

…とここまで最近考えたことを書いていて改めて思ったのは、この数年で性格がキツくなったということだ。嫌で嫌でたまらなかった自分が変わった自信があるから、自分以外のものを否定する傾向にあるのだと思う。でもそれで特定の誰かを傷つけたり、誰かに迷惑をかけたりしているわけではない。私は自分の意見をしっかり持っている人が好きだし、自分もそうでありたい。

そして、'非日常'を上辺だけの文章で残すことより、24歳の私が本当に考えていることをこうして残しておくことの方が、数年後の私のためになると思うのだ。

 

高校3年生の時に小論文の練習で書いた文章を捨てられずに、全部とってある。1年間でかなりの量の文章を書いていて、今だから言えるけど、先生には小論文で落ちることはまずないだろうと言われるほどの評価をもらっていた。(唯一の自慢)

当時の私は毎日村上春樹を読んでいて、今読むと自分でも驚くほどの文章力がある。そして何より、当時の私は物事をしっかりと考えていたことが文章から分かる。自分の考えを持っていて、それを綺麗な文章にできているのだ。当時の私のことが、今の私は少し羨ましいくらい。

自分の考えは変わっていくものだし、その変化に気づくのはかなり難しいと思う。文章にして残しておくことが1番、明確な変化を見つけられるだろう。そういう変化を見つけることで、私は自分の成長(退化)を実感する。

そういうツールとして、私はこのブログだけは細々と続けて行きたいと思う。こうして文章を考えることは好きだし、大勢に見られてないから本音を書けるし、私はブログ向きなんだと思い始めた。

友達に「ブログ読んでるよ」と言われるのは一瞬ヒヤッとするけれど、それはそれで嬉しい。こんな根暗メンヘラ拗らせ女子と分かった上で付き合ってくれることに、改めて感謝する。

 

私はこれからも'インスタ映え'を撮りながら、Instagramを更新しない静かで小さな世界で過ごしたいと思う。

愚かなわたし。

春休みになった。

2ヶ月以上ある春休みは、大学嫌いの私にとって長すぎる休みだ。私は1ヶ月短縮して、そのぶん早く卒業させてほしいと思っている。

 

去年の春休みは散々だった。

おととし受験が終わった後、3月は週5でバイトをしていたから、ゆっくり春休みを過ごしたいという思いで、去年は休みを多くした。

それが裏目に出てしまったのだ。暇な分、余計なことを考えてしまって辛かった。久しぶりに「病む」という感覚を取り戻した私は、そこからしばらく生きた心地がしなかった。

春は「病む」と分かっているのに、ぼぉっと過ごそうとした私が幸せボケしていたのだと思う。春は人間を含めた生物も植物も、みんなキラキラしている。「生」のエネルギーが強すぎるものを、私は見ていられない。桜に「生」を吸い取られた私は、4月の記憶があまりない。

心配してくれる人に「桜が散ったら元気になります」と真面目に返していた。そんな私を受け入れてくれて、その節はありがとうございました。(いつもそんなようなことを言ってるから、みんな慣れてるんだなと思った。)

 

最近、人が死ぬ夢ばかり見て寝不足な私は、春を乗り越えられるのでしょうか。(夢占いによると、人が死ぬ夢は吉夢らしい。)

「桜、まだ散ってほしくないな〜」なんて私が言っていたら、私が1番びっくりするなあ。

苦しい世界。

私は人間に向いていないと思う。

何に向いているのかと言われると困ってしまうけれど、とにかく、私にとってこの世界はとても生きにくい。

昔は息ができないほど苦しかったから、その時よりは生きやすくなったと思う。それでもやはり、生きているだけで息苦しい。

何か悩み事があるとか、何か原因があるなら、この問題は解決できるかもしれない。でもそういうわけにはいかないから、私は苦しい。

私の変えようにも変えられない、私の軸になっている本性のような性格や価値観が、この世界に合わないのだ。今までそれを変えようと行動したことはあったけれど、変えることはできなかったし、今は変えようとも思っていない。これがなくなったら、私はバラバラになって戻れなくなってしまう。それが分かっているから、さらに私は苦しい。

自分がバラバラになるのは、きっとどんなことより辛いと思う。自分が分からなくなることほど、怖いことはない。身の破滅だけはもう二度としないように、私は気をつけて生きてきたはずだ。いや、気をつけすぎて失った大切なものがある。そう考えると、ますます私は苦しい。

いくつかの出来事を思い返して、それを抽象的に並べただけで、私は生きるのが下手だということが分かる。メンヘラだからと言ってしまえばそれで終わりだけれど、メンヘラでも簡単に生きることをやめられないから、苦しいのだ。

 

昔よく、鍵つきのツイッターに病んでいる文章を載せていた。今から考えるとゾッとする。これも病んでいる文章だけれど、鍵つきのツイッターのように読むことは強制していないので、どうか許してほしい。

 

誰に許してほしいのかも分からない私は、きっといつまでも苦しいんだろうなと思う。

理由がほしいお年頃。

もうすぐ2017年が終わる。

少し前に「今年の漢字」が発表された。

ワイドショーのコメンテーターが、「私の今年の漢字はこれです!」とフリップを出していたのを見て、私の今年の漢字は何だろうと考えた。

                   「平」

これが私の今年の漢字だ。

一直線の心電図のような1年だった。(死んでるじゃんね)

詳しくは書かないけど、ひとつ書いておきたいのは、その一直線は去年の平均より上の方にあったということ。

つまり、私はそれなりに幸せだったのだ。

 

私は先月、24歳になった。

誕生日を迎えて、30歳までに死にたいと思うようになった。

今死ぬ理由はないけれど、未来に向かって生きる理由もない。

友達にも親にも言ったけど、誰にも意外そうな顔をされなかったなあ。ナンデ。

私は30歳まで楽しく生きたいと思います。

 

⚠︎病んでません。

犬がお腹を見せる気持ち。

「甘える」のって難しい。

完全に信じた相手にしか出来ないことだと思う。私にとっては難易度高い。

それを簡単に言われてしまうと、すごくイラついてしまう。でもこのイラつきを、相手に説明するのも面倒だ。簡単に「甘えてよ」という人は、たぶん、こんな不安な気持ちにならないんだろうと思うからだ。

 

私も「甘えてよ」と言ったことがある。

何も分かっていなかった、若かった私。

あの頃の私が今は少し羨ましい。

癒し。

動物園に行ってきました。

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近所に有名な動物園があるにも関わらず、わざわざ千葉県まで。

大好きなカワウソの画像を探していたら、たまたま市川市動植物園の公式ツイッターを発見して、思わずフォロー。

動画と写真に癒されて、夏頃からずっと行きたかった念願の動物園!

平日の昼間だったのに、家族連れと幼稚園保育園児がたくさんいてびっくりした。

都内の有名な動物園と比べたら、きっと小ちゃくてしょぼいんだと思う。

でも飼育員さんの手書きボードがあったり、園内でお正月っぽい音楽が流れていたり、とても穏やかな時間を過ごせてほっこり。

カワウソとタッチも出来てかなり満足。(写真は後ろで用意されているごはんを待っているカワウソ)

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水族館より動物園の方が好きかもしれない。(写真は後ろに寄りかかってちょっと楽してるミーヤキャット)

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楽しい1日だった☺️